2002年7月30日(火)アプコのお仕事
最近、アプコがお仕事を始めた。
食事の前に食卓を布巾で拭くことと、玄関の靴ならべ。
我が家の子ども達はそれぞれに仕事を持っていて、
オニイは、みんなの布団敷き。
アユコは、雨戸締めと洗濯した下着や、タオル類の片づけ
ゲンは、お風呂洗い
これは、お手伝いではなくて、「仕事」なので、私は、全く手を貸さない。
ゲンが風呂を洗わなければ、皆風呂へは入れないし、オニイが布団を敷かなければ床に寝るしかない。
お気楽母さんには、まことにありがたい掟である。
キャラクター柄のハンドタオルで、小さなお膳拭きをこしらえたので、アプコに試しに食卓を拭かせてみた。
テーブルの上のものを全部片づけて、絞った布巾を渡す。
いすのうえに上がり、とりあえず手当たり次第にごしごしする。
「わ、すごい!アプコうまいなぁ」
(ここが肝心)
思いっきり惜しげなく誉める。
誉め倒す。
「オニイよりずっと上手!すごいなぁ・・・」(ここは、真実。)
うれしくなっちゃったアプコが、布巾を動かす手にぐんと力をこめる。
「みてみて、お父さん今日はアユコが拭いてくれたよ」
(だめ押しのもう一声)
「すごいなぁ。またやってくれると助かるなぁ」
うれしそうなアプコ。
布巾をぶんぶんまわして、
「オカアチャン、あしたもわたしがしてあげる」
よ〜し、かかった!
靴ならべの方はもっと簡単。
「わ!靴がいっぱ〜い!
アプコ、オカアチャンの靴がいっこ、ないよー」
世話焼きのアプコが飛んできて散乱した靴のなかから、わたしのサンダルをそろえてくれる。
「あ、アプコ、上手に並べるねぇ、
わるいけどあとで、お父さんのも並べといてくれる?」
これで、OK。5分後には、家族みんなの靴を並べて得意げなアプコ。
しばらくは、「すっご〜い!」連発の誉め倒し。
時々、ちょこっとやり方のヒントをだす。
「布巾は、机の線(木目)の通りに動かすといいよ。」
「靴は、こっち向けに置いてくれるとはきやすいなぁ。」
すでに気分はその道のプロになりつつあるアプコ、こちらのたくらみ通りにやり方をかえる。
上の子達もほぼ、これに近い策略に陥って仕事をもつようになった。
母の計略を熟知している子供らは、アプコが仕事人に育成されていくのを、にやにやしながら眺めている。
「おかあさん、アプコのお膳拭き、うまいなぁ。」
誉め倒しの片棒を担ぐ奴もいて、我が家の策謀も念がいっている。
当面アプコは、おだてに乗せられて、嬉々として仕事に励んでいる。
唯一の難点は、お膳拭きの時、あらかじめ、誰かがテーブルの上の物を全部どこかへ移しておかなければならないこと。
でないと、職人アプコは、テーブル上ののものを全部床に振り落としてしまう。
結構それはそれでこちらの手間がかかる。
お箸の一本でも残っているとプロのお膳拭き職人は、ご機嫌がわるい。
夕方、帰宅したみんなの靴がそろった玄関で、鼻歌を歌いながら、靴ならべをしているアプコ。
その座っている場所を中心に、左右逆さまのままの靴が、オーケストラの様に扇形に隊列を組んでならんでいる。
丁度アプコの短い腕の長さ。
それが何ともかわいくて、
こればっかりは直させようとは、思えない。
2002年7月29日(月)子どもを守るということ
夏休みになってからほぼ毎日学校のプールへと出かけていく子ども達。日焼けした体には水着のあとがくっきり。
「おなか、すいたぁ」と3人そろって帰ってくる元気な騒がしさが、「子どものいる夏」の定番のようで、私は好き。
「水着、洗濯機に入れなさいよ。ゴーグルは入れないでね。こらこら、冷蔵庫、そんなにいっぱいいっぱい開けない!」
水の中で、たっぷり遊んで、心地よく疲れて、お腹をすかせて帰ってくる子供らは、夏のこの時期にぐんぐんと大きくなっていくような気がする。
実際夏休みが終わると1学期に履いていた上靴がたいがい1サイズ小さくなっている。
ところが今日、帰ってきたオニイの話の中に、ちらっと引っかかるフレーズが、あった。
「今日もO君に、沈められて・・・」
よく聞いてみると同じクラスのO君たちがふざけて、オニイをプールに沈めたりするという。
それも今日だけではなく、このごろいつもだという。
O君とは、幼稚園のころから友だちで、プールへの誘いの電話もかかってきている遊び仲間だ。
「たぶん、むこうは、遊んでるつもりなんだろうけど・・・」
控えめにオニイが付け加える。
でも、近頃毎回だというし、やられるのは、一方的にオニイ一人。
結構、しつこいようだし、相手はO君一人ではなく複数だという。
「それっていじめじゃないの?」
オニイは、体も小さいし、泳ぎも得意な方ではない。
教室でのふざけとは違い、水のなかでのふざけは、一歩間違えれば、事故にもつながりかねない。
オニイに前後の事情をよく説明させ、ゲンやアユコにも日頃の様子を聞き出して考える。
・ このまま、オニイが自分で解決をつけるのを待つ。
・ プールに様子を見に行き、直接O君に注意する。
・ O君のうちに電話して、O君のお母さんに事情を話す。
・ 担任のT先生に電話して、何とかしてもらう。
オニイの気持ちも考えながら、主人とも相談して、T先生に電話することにする。
平和主義のオニイは、
「おおごとになるのは嫌なんだけど・・・」
とためらったようだが、自分でO君に意見する自信もないらしい。
幸いT先生はオニイの気持ちも十分汲み取ったうえで、明日、直接O君に話をしてくださるという。
今回はひとまず、先生にお任せすることにした。
からだも小さく、すばしっこい方でもなく、ちょっと物言いが生意気なオニイ。
心ない悪口や、しつこいふざけの対象にされて、これまでにも、「それっていじめじゃないの?!」と私が怒り狂うことが何度かあった。
そのたびに、「おおごとになるのは嫌なんだけど・・・」とためらうオニイ。
徹底した非暴力、不服従。
「でも、お母さんは、許せない。お母さんが悔しいから、黙っていられないのよ」
オニイ、君は、私の自慢の息子。
心優しい君が、辛い思いをするのは、お母さんが我慢できないのよ。
もうすぐ、中学生になり、どんどん、お母さんの手元から離れていく君。
いつまでもお母さんが、かわりに怒り狂ってあげることは、出来ないことは、よく判ってる。
でも、君の手に負えないことはまだまだ、お母さんが守ってあげたい。
こんなお母さんは、過保護な親なんだろうか。
<オニイの感想>
『こんなお母さんは、過保護な親なんだろうか』 いえ、そんなことはありません。
どこのお母様も、自分の息子(娘)がプールでいじめられていたら、黙っていられないと思いますよ。
ぼくが I 君にいじめられていたときも、お母さんは電話をかけて解決してくれましたね。
だから、先生に相談したりしたりして、解決してくれるのは、ありがたいことなんです。
なんだか人生相談のようになってしまったけれど、これで終わります。
2002年7月28日(日)カーネルサンダースさんの正体
昨日、家族で実家のある加古川へ日帰りで出かけた。
まだ、里帰りではないけれど、主人の大学時代の恩師が、加古川で講演会をなさるというので、主人や子ども達、実家の父母が、参加させていただいた。
森淳先生はアフリカの民族学研究者で、退官後、西アフリカのドゴン族に小学校を贈るプロジェクトに加わっておられる。
今回の講演もそのドゴン族の生活や文化を紹介する展覧会に協賛して行われたもの。
子ども達は、以前に守口市で行われた展覧会を見に行ったこともあり、先生のお話も面白く聞かせていただいたようだ。
子ども達は、森先生のお顔は小さいときから何度かお会いして、よく知っている。
日本人離れした長身に、白いお髭。
ちょっとビックリする大きなお声。
子ども達を煙に巻く、独特のユーモア。
ちょうどケンタッキーのカーネルサンダースさんのような風貌で、うちの子達は一時期、この人がホントはサンタクロースではないかと疑っていたことがある。
ちょっと怖くて、
でも、おおらかに優しくて、
子供らは「お髭の先生」が大好きである。
ただ、子供らはこのおじさんがアフリカなどを旅して、色々な珍しい文化や、風土を研究してこられた先生だということをこれまでよく知らなかった。
今回、講演会を聞かせていただくことで、子供らには、カーネルサンダースさんの正体をようやく知ったのである。
講演は、子どもを対象にしたものではなく、時間も2時間と長いので、上の3人の子達、特に2年生のゲンがおとなしくお話を
聞けるかどうかちょっと心配はあったのだが、どうやら、持ちこたえたようだ。
会場では、よその子ども達がざわつき、森先生が会場の外に出すようにお叱りになったそうだ。
先生は、とても子ども好きでいらっしゃるが、こういう時はピシリときびしい。
「かっこよかったなぁ」
とは、近頃、説教魔のオニイ。子供の不作法をきちんと叱る先生に心打たれたようだ。
アユコには、ドゴンの子どもの生活など興味のあるお話もあったようで、まずまずの反応。
ようやく、子供らもこうした場に連れていってもどう振る舞うべきかが少し判ってきたようだ。
「アフリカって、どうやっていくの?」
ゲンにとってはアフリカの遠さは、北海道の遠さともさして、変わらない。
肌の色の違う子ども達や、見たこともない素朴な生活習慣。
その遠い隔たりを、ちょこっとだけ引き寄せて子ども達に見せてくださった先生。
カーネルサンダースさんの正体は分かったけれど、ミステリアスなにおいは、ますます深まる、お髭の先生でありました。
2002年7月27日(土)みーつけた!
たいしたことじゃないんだけどね、
ちょっと、うれしい。
7月24日付での大失敗。
洗面所で、流しちゃったコンタクトレンズ。
見つかりました。
夏用ファンデーションのパフにくっついていたんです。
昨日見つけて、うれしいビックリ。
きれいに洗って、両目にはめると、視界はっきり、気分すっきり!
・・・デモね、この数日、見つけなかったってことは、2,3日すっぴんのまま、生活してたってこと?
この夏空の下で?
いかんいかん。お肌の曲がり角は遙か昔に曲がりきっているというのに・・・。
2002年7月26日(金)風船アイス
先日、子供らがはじめて風船アイスを食べた。
あまりお上品とはいえないアイスなのだけれど、ゴムのヨーヨーのような風船の中に、バニラアイスが詰め込んであって、先っちょをはさみでパチッと切って、ちゅうちゅう吸って食べる。
食べてる姿もあんまりお行儀がいいとはいえないし、体温でアイスが溶け始めるとこぼしたり、べとべとしたりして、なかなかきれいには食べられない。
でも、子供らにはちょっと面白くて、普通のアイスよりよく遊べる魅力的な味だったようだ。
このアイス、昔から夏の駄菓子屋アイスの定番で、私は、よくプールの帰りに友だちと買いに行って、お行儀わるく食べながら、歩いた思い出がある。
そんなことをプールの帰りの車中でアユコに話した後、スーパーで、見かけたのでちょっと買ってみたのだ。
昔より、小綺麗に包装してあるし、6個一組の大袋入りだ。昔は一個ずつむき出しで、買っていたように思う。
味は、昔とさほど変わりないように思うが、「カルシウム強化!」と妙に教育的な文句が書いてあったりする。昔はもうちょっと怪しげで、「悪い子のお菓子」というにおいがかすかにしていたように思う。
実を言うと私自身はこのアイスを子ども時代に食べたのは、ほんの数回である。
いつもこれを食べていたのは、小遣いをもらって勝手に駄菓子を買っていた友人達で、私が食べて良いのは、真ん中で、パキっと半分に割れるソーダ味のアイスキャンディーだった。
別に、格別お上品な家庭に育ったわけではないのだけれど、幼い頃「友だちは食べて良いのにうちでは駄目」という食べ物がいくつかあった。
水で溶いて飲む粉のジュース。
水彩絵の具のようなチューブに入ったチョコレート。
烏賊の姿揚げ。
ストローに詰まった駄菓子屋のゼリー。
ベビースターラーメン。
ことさらに食べて叱られたという記憶があるわけでもないけれど、何となく自由にお菓子を選べる友だちをうらやましく思っていた記憶がある。
今よりも、衛生状態やら食品添加物やらの条件も悪かったりはしたのだろうけれど、母自身の好みの問題でもあったのかもしれない。
子供らが、眠った後、主人と二人、幼い頃
食べたお菓子について、話が盛り上がった。
主人とは年齢も少し違うし、住んでいた土地も離れているが、共通する思い出も色々あって、話は、つきなかった。
また、家庭によって、よく食べたお菓子や、
「悪い子のお菓子」の基準も違っていて、それはそれで面白い。
幼い日の情景や、友人達との楽しい思い出が次々と浮かんできて、ちょっと楽しい時間を過ごした。
幼い頃の不満を解消するためというわけではないけれど、母親となった今、私は時々子ども達を連れて駄菓子屋へ行く。
「一人、100円ずつ」
と、決めて店に入ると、子供らは思い思いに駄菓子を選ぶ。
脂っこいスナック菓子や粉のジュースなどいわゆる「悪い子のお菓子」も100円の範囲内なら一応OK。
それぞれの好みのお菓子を一人ずつ小さなナイロン袋に入れてもらってにこにこと帰ってくる。そのささやかな満足感が、私自身ちょっと楽しい。
子供らが大きくなったとき、今食べているどんな食べ物が、この子達にとって「懐かしい味」になるのだろう。
兄弟や友人達との楽しい時間の記憶を呼び起こす楽しい味をいっぱい蓄えて、大人になっていってくれるだろうか。
2002年7月25日(木)とうさん、TVデビュー
今日朝から、工房に、NHKの取材の方がこられた。
主人の風景の作品を中心に数分間、総合テレビで紹介してくださるという。
今日は、先日の近鉄展覧会会場での撮影に続いて、工房での制作風景などを撮りにこられた。
これまでにも、父や窯の取材には、何度かこられたことがあり、TV出演の経験がないわけではないが、主人一人の、しかも作品中心の取材は、はじめて。
朝から主人は、何となくそわそわ。
いつも通りのありのままで、いいじゃないといいながら、ちょっと身だしなみにも時間がかかっちゃったりして・・・
「いつも通りお仕事をしていただければ・・・」
というお話だったようだが、実は、事前にこういう物を撮りたいと言う注文は、いろいろ出ていたようで、この数日、撮影用に新作を制作したり、今日にあわせて窯の日程をくんだり、結構たいそうな準備が必要だった。
「たった2分」のつもりでもそれにかかる時間は取材だけでも、実質二日がかり。
TVって大変なんだなぁ。
「しゃべるのは、苦手だから・・・」
と、へこんだりする主人。
役者じゃないんだから、いいこと、言わなくてもいいよ。
伝統的な茶陶の窯元の仕事をしながら、いろいろな新しいテーマや技法をこつこつと研究してきた主人。
土に向かう主人の、子どものような熱心さを映像の中で、かけらでも伝えて頂きたいと思う。
そして、山からの風をふっと感じるような、作品の深い色彩。
私は主人の作品の一番のファンを自認しているから、その美しさを多くの人に見ていただけることが、心からうれしい。
「さあ、明日は何してあそぼ?」
撮影を終えて、ビールを飲み干すお父さん。 
お疲れさま。
さて、こどもたちも夏休みだし、そろそろマイホームパパにも戻ってもらいましょうか。
    
      放送日時
8月1日(木) NHK総合テレビ  
          「ニュース関西発かんさい情報交差点」
            (17:45〜19:00のうち、18:30前後、数分間 放送予定)
お時間がおありでしたらご覧ください。
2002年7月24日(水)さんりんぼう
夏休み、5日目。
ことしは、小学校では、「チャレンジコース」と称して、午前中、紙飛行機づくりやジャンボシャボン玉作りなど色々なことをして遊ばせてくださるので、オニイとアユコは毎朝学校へと飛び出してゆく。
日によって、登校時間も違うので、これはこれで、結構あわただしい。
おまけに、昼に帰宅して昼食を取ると、今度は、学校のプール開放へと上の3人が飛びだしてゆく。
子供らのスケジュールを把握し、時間通りに追い出すだけでも、母は、ぐったりくたびれるのだ。
連日の暑さも手伝って、すでに私は、お疲れさん状態。
こんな時には、たいてい、が〜んと落ち込む大失敗。
コンタクトレンズ、片方、流しちゃった。
午後、習字に出かける前のほんの一瞬。
プールへ行く男の子達に「おくれるよ!」と声を掛け、
アプコにトイレへ行かせ、
アユコに荷物を車に載せるように指示し、
あわただしく自分の身なりを整え。
わ、鍵がない。
いろんなことをいっぺんに考えながら、コンタクトレンズを入れる。
右目、左目、よっしゃ!
うん?なんか変。
ぎゃっ、右目にレンズが入ってない!
身の回り、洗面台の周囲、床・・・
そして、洗面台の配管もはずして、、徹底捜査。
でも、ない。
どこにも、ない。
ひぇ〜、参った。
「お母さん、どうしたん。」
玄関で、お出かけ体制に入っていたアユコが心配そうにのぞき込む。
「コンタクトレンズ流しちゃったよ。」
どーっっとつかれて、放心状態の私。
おまけに捜索のためにはずした配管がうまく戻せなくて、洗面台の下は、ぽたぽた水漏れ状態。
気を取り直して、戸締まりをし、とりあえず車で、出かける。
こういうとき、心優しいアユコは、ただただ無口だ。
これがゲンなら、いちいちお節介を焼き、的はずれな慰めで、イライラを増幅させるのが、おちなのだけれど・・・
へこんでるときのお供は、アユコ。
これに限る。
さんりんぼうはまだまだ続く。
帰って夕食前に庭の水やり。
ホースの蛇口がはずれて全身びしょぬれ。
この間からせっせと採取して、ベランダで、干していた、花の種が、風にとばされて、全滅。
特売で、買ってた卵は、車から降ろすときにぶつけて3個割れ。
夕食では、いただきますの直前、ゲンが熱いスープをこぼして、大騒ぎ。
ゲンのお風呂洗いが手抜きで、一度張ったお湯を捨てて、やり直しをさせる。
徹夜続きのお父さんは、頭痛で、ダウン。
おまけに常備の頭痛薬が切れていて、薬局へ買いに走る。
怒濤のごとく一日が暮れる。
だめだ、どうも調子が悪い。
こんな日は、アイスでも食べて、ふて寝するに限る。
一つだけ良いこと。
泳ぎが苦手で、補習に通っていたオニイ。
「50メートル泳げたよ。」
うんうん、がんばったね。
あんたは、いい子。
2002年7月23日(火)姫君の水浴び
暑い暑い日。
今年はじめて、アプコを連れて、地区のプールへ出かける。
このプールは、近くの神社にある低学年用の小さなプールで、地域のお母さん達交代で、プール当番をし、子供らは無料で何度でも入ることが出来る。
うちの子ども達も、これまで本当にフルに活用させていただき、楽しませてもらってきた。
今年は、アユコが4年生になり、このプールは卒業したが、今度は、アプコが本格的にお世話になる年齢になった。
「オカアチャン、若宮プール壊れてたん、直ったの」
アプコが、朝から水着を振り回しながら何度もまとわりついてくる。
実は、昨日、このプールが漏水で、臨時休業となり、アプコは、本当にがっかりしていたのだ。
今朝、プール再開の連絡が入り、アプコは、上機嫌だ。
アプコの久々のプール遊びに、アユコとゲンは、学校のプールへ行くのを中止して、若宮プールへついてきた。
2年生のゲンはともかく、4年生になったアユコは水にはいることも出来ないのに、アプコのお供をかって出てくれたのだ。
感謝感謝。
かくして、我が家の姫ちゃんは、乳母に侍女、従者まで従えての水浴びとなった。
ところが、恐がりアプコ。
胸くらいまでの水深だと言うのに、プールのへりから決して、離れない。
浮き輪を付けても、決してふんわり浮かぶことが出来ない。
去年は、アユコやゲンに浮き輪を引っ張ってもらって、プールの隅から隅まで、漂ってはキャアキャア喜んでいたというのに、今年は本当にいつまでも壁にくっついたままだ。
かといって、怖がっているわけでも、いやがっているわけでもないらしい。
ピョンピョン飛び跳ねたり、水しぶきをあげたり、結構、一人で、楽しそうだ。
アユコもプールサイドから、声を掛けたり手をつないだりして、アプコの遊びに根気よくつきあってくれる。
アプコにとっては、ほんの数メートルの壁面にすがりついたまんまの水遊びでも、立派な「楽しいプール遊び」らしい。
「ピピ〜ッ」
20分に一回、10分の休憩。
笛が鳴ると、子ども達は一斉にプールサイドへあがる。
でも、子どもらにとってみんながあがって空っぽの水面はきらきら光って、とても魅力的。
やんちゃなお兄ちゃん達は、たった10分の休憩が待ちきれなくて、足先をぬらしたり、水泳帽やゴーグルを投げ込んだりして、なかなか水から離れない。
「アプコ、休憩時間は、ワニさんの時間よ。
子どもが入ると、ワニさんが足を食べに来るよ。」
毎年毎年、私は休憩時間には子ども達にささやく。
小さい子達は、ひたひた、プールサイドから浸した足をあわてて引き上げる。
「ホント?ホントにワニさん、くるの?」
ビックリ顔のアプコ。
「ほんまやで。でっかいワニさんがくるんやで。」
自分もワニさん話にひっかかっていたアユコがしたり顔で、アプコにささやく。
「あほやなぁ、ゲンは。
足、食べられちゃったら、どうしよう。」
「ゲン兄ちゃん、ワニさん来るで!
はよ、あがり!」
アプコが、血相変えて、ゲンを呼ぶ。
「ゲン兄ちゃん。ゲン兄ちゃん。」
ゲンは、にやにやしながら、形だけ水からあがる振りをする。
アプコの驚きぶりがおかしくもあり、ちょっとうれしいゲン。
「オカアチャン、プール、たのしかったね。
またいこうね。」
ご機嫌のアプコは、ちょっとおねむ。
壁にくっついたイソギンチャク状態でも、十分たのしかったんだね。
でも、乳母も侍女も、、暑さにはまいったよ。
2002年7月21日(日)昆虫ウォッチング・ツアー
朝からゲンと一緒に市の広報に載っていた「昆虫ウォッチング」ハイキングにはじめて参加。
ゲンと二人でのお出かけは、久しぶり。
私市の駅前から、うちの前を通ってくろんど園地から天田神社へ抜けるコース。
ゲンも私も何度も通ったことのあるコースだが、今日は、自然観察指導員という専門家の先生が同行し、色々な虫の名前や生態を指導してくださる。
参加しているのは、いかにも「虫大好き」という感じの小学生から、夏休みの自由研究を済ませてしまおうとカメラ持参で、気合いの入った親子連れまで、24名。
ゲンは、まず大好きな虫の話に根気よくつきあってくれる大人の出現に大興奮。
何事にもものおじしない人なつっこいゲンは、捕虫網片手に指導員の先生の廻りに終始まとわりつき、次からつぎへと質問を繰り返す。
「これは何という虫?」
「何で、こんな形してるの?」
日頃、大人達を質問責めにしては、うんざりした生返事でしか答えてもらえないことも多いのに、ここでは先生がいちいち丁寧に答えてくれる。
また、ありふれた虫でも一つ一つ「よく捕まえてきた」と丁寧に観察し、生態を教えてくれる。
「ねぇ、お母さん、あの先生、日本で一番虫のことよく知っている先生?」
ゲンが、こそこそっとささやいた。
「う〜ん、日本一ってことはないと思うけど・・・」
でもゲンにとっては、生まれて始めて出会った昆虫のオーソリティー。
あこがれに満ちた目で、先生の背中を追い、再び捕虫網を手に駆け寄っていく。
どんどん、マニアックな世界に突入しつつあるゲンの虫好きには、もはや、親や学校の先生の生半可な知識では、満足させられなくなりつつある。
やはり、その道の専門家と過ごす時間は、子どもなりに至福の時間なのかもしれない

うまれてはじめて蝶々を目で追う幼いゲンに
「あれがちょうちょよ」
と教えた日。
ポケットいっぱいに集めてきたダンゴムシにびっくりした日。
はじめてのかってやった捕虫網に大はしゃぎした日。
ゲンと虫とのおつきあいの歴史は、そろそろ親がお節介を焼く時期を過ぎ、同好の士を必要とする域に達しつつあるようだ。
その、心地よいほどの熱中ぶりがほほえましく、晴れ晴れと頼もしい。
「お母さん、今日見つけた虫、さっそく絵描いとくわ。」
今年のゲンの夏休みの課題は、
「100匹の虫を描こう。」
図鑑や身の回りの虫をみながら、小さなカードに100種類の虫のスケッチをする。
昆虫とお絵かきの好きなゲンのために提案した課題だが、描いたカードは、すでに10枚あまり。
唇をなめなめスケッチに取り組むゲンの日に焼けた顔。
その男の子らしい目の輝きがいとおしい、夏の日のゲンでありました。
2002年7月20日(土)夏を制する者は・・・・・
夏休み初日。
朝から、剣道の稽古。
「海の日」の祝日で、金曜から3日連続の稽古日になるせいか、
稽古に顔を出す人数がたったの5人、いつもの半分だ。
冬の道場の冷たさも辛いけれど、
夏の暑さの中での防具の重装備も見るからに辛そう。
30分ほどの素振りの稽古を終えただけで、子ども達の髪からは、玉の汗。
面を着ける手元も何となくのろのろとゆるみ勝ちだ。
私は、自分では剣道の防具を付けたことはないけれど、よく、あれだけの重さの物を身につけ、バンバン打たれて、突き倒される、子供らの根性には、頭が下がる。
ゲンは、防具をつけ始めて、最初の夏。
暑がりで汗っかきのゲンには、夏の稽古はきっとちょっとした試練になるはずだ。
オニイは、最初の夏、あまりの暑さで面を着けたまま、吐きそうになり、防具のひもを解くのも間に合わなかったことがある。
ゲンは、そこまでの稽古をやり抜くことができるだろうか。
「この暑い時期を休まずに乗り越えた奴が強くなるぞ・・・」
先生方は、汗だくの子供らにはっぱをかける。その先生方も子供らに負けないくらいの大汗をかいている。
剣の道とは、やはり精神修養の道だなぁと改めて思う。
今のところ、ゲンもオニイもそれほど億劫がらずに休まず稽古に通う。
ことにオニイは、秋の進級試験に備えて、始めて「形」の練習が加わって、意欲満々だ。
2002年7月19日(金)アユコの誕生日・・・その2
終業式。
これから、遊ぶぞーっと気合いを入れて帰ってくる子ども達。
ううっ、あと何日?と、はや、逆算をはじめる母。
今日は、アユコの誕生会。
ちょっと、日延べにはなったけど、早帰りなので、小4の女の子達5人で、ホットケーキパーティー。
果物を切ったりホイップクリームを作ったりして、ホットプレートで、ホットケーキを焼く。
さすがに女の子達、家でもやったことがある子もいて、わりあい手際よく作業が進む。
意外と手こずったのは、缶切りで、缶詰を開けること。
缶切りの種類も色々あり、4年生の女の子達の力では硬すぎるせいもあるが、なかなか、最初の穴すら、開けられない。
プルトップの缶詰が増えて、缶切りの出番も少なくなってきているが、たまには、経験させておかないと非常食の缶が開けられないなんて、笑い話にもならない・・・。
「危ないから、さわっちゃだめっていわれてる」
なんて、お嬢様もいて、まことに子育ての判断基準は、家庭によってずいぶんちがうと言うことが、判る。
アユコ、みんなで、わいわいとホットケーキを食べ、ミルク煎餅籤をやり、ドッジボールや川で水遊びをしたりして、ご機嫌。
「お母さん、すっごいたのしかったわ。」
誕生日のプレゼントもケーキも
「何でもいいよ」
と物には執着しない。
そのかわり、大勢友だちを招いて、どちらかというとホスト役をつとめることを楽しむアユコ。
これはこれで、アユコにとっては楽しい誕生日なのだろう。
ところで、もう一点。
加古川のおじいちゃんおばあちゃんからのおもいがけないプレゼントがきのう届いた。
「ホットサンドメーカー」
TVのCMでおなじみ。
ホットサンドも、焼きおにぎりも、ワッフルまでも作れるという家庭用調理器。
以前にうちでフライパンで、ホットサンドを作った話をしていたので、TVを見ていて思いついてくれたらしい。
荷物のつつみをほどいたアユコ、思わずにっこり。
「おかあさん!ワッフルまで、できるよ!」
アユコは、お料理が大好き。
最近、お菓子づくりにも興味が出てきたが、悲しいかな我が家のオーブンレンジは、ずいぶん前からオーブン機能が故障中。ケーキやクッキーなどの焼き菓子はほとんど作ることができなかった。
「これ、今度つくってみていいかな。」
ちょっと興奮気味のアユコ。
こんな物がうれしいんだなぁ。
う〜ん、これは思いつかなかったよ。
2002年7月17日(水)アユコの誕生日
ショートカットに丸いめがね。
スレンダーなボディに、ちょっとボーイッシュな恰好がよくにあう。
世話好き、きまじめ、お姉さんタイプ。
我が家のオネェ、アプコのちっちゃいおかあさん。
アユコが、今日、10歳になりました。
「お誕生日、何がほしい?」
何度聞いても、アユコは、
「別にほしい物、ないの。」
ホントに素っ気ない答えです。
親としては、誕生日くらい、「あれ、買って!」って、おねだりされるくらいの方が、うれしい気もするのですが。
結局、今年もお誕生祝いは、手芸屋さんで買ったビーズやテグスなど、アクセサリー作りの材料と、オニイからのマンガ雑誌。
それから、2日遅れで、お友達を招いてホットケーキパーティーを開くこと。
いまいち、スペシャル感のないお誕生日です。
生まれたばかりのアユコは、
「神様みたいにきれい」な赤ん坊でした。
いま思えば、親ばかな第一印象ですが、予定日一月前に早産しかかったり、生後すぐに心臓の障害が見つかったり、いろいろ心配した出産だったので、本当にアユコの赤ちゃん時代は「神様の世界」から、「人間の世界」につなぎ止める過程のような気がしていたものでした。
比較的手も掛からず元気に育ったオニイと違い、心臓の悪いアユコはオッパイを飲むだけでも疲れて、真っ赤になる。しょっちゅう泣く。細切れにしか寝ない。
そこへ、まだ、2歳前だったオニイの育児も重なって、本当にきつい時期でした。
心臓に空いていた穴は、4才頃には自然閉鎖し、今、元気に縄跳びをするアユコには、病弱の影も形もありません。
次々に弟や妹たちが生まれて、アユコはあっという間に面倒見の良いお姉さんになりました。
今では、ずぼらな母が、4人の子育てを切り回していく中で、なくてはならない助手の役割さえ果たしてくれるようになっています。
ときどき、ほんのごくたまに、アユコが声も出さずに涙を拭っているときがあります。
苦手な事がどうしてもできなかったときや、帰宅して居るはずの私の姿が見えなかったとき・・・
負けず嫌いのアユコが泣いているとき、私はちょっとほっとします。
ホントは、もっと甘えていいのに、
ホントは、もっとおねだりしていいのに。
アユコはまだ、たったの10さいなんだから。
日焼けした手足がすんなりと伸びて、
若い子馬のようにげんきなアユコ。
アプコをおんぶして、くるくる回ってふざけるアユコは、本当にたのしそう。
屈託なくちっちゃい母さんをつとめるアユコを私はぎゅっと抱きしめてみたくなります。
あゆちゃん、お誕生日、おめでとう。
 
2002年7月15日(月)おーい、お茶。
暑い日が続く。
子ども達が、入れ替わり立ち替わり、冷蔵庫を開け、冷たいお茶をがぶがぶと飲み干していく。
我が家のお茶は、昔から麦茶ではなく、プーアル茶。
茶葉は、神戸の南京町で、でっかい大袋で売っている物。実家の母に時々、買ってきてもらって、毎日毎日、家族皆が飲む。
夏だけでなく、冬場でさえ、この冷茶は欠かした事がない。
さすがにこの季節、冷茶の消費量は、どんどん増える。
毎日、学校や、園に持っていく4本の水筒、食事のたび、そとから帰ってくるたび飲むお茶。
朝晩2回、大きなやかんいっぱいに沸かすお茶だが、最近はそれでも足りなくなることもある。
冷蔵庫を開けると、いつもいつもよく冷えたお茶がはいっている。
それは、子ども達にとって、蛇口をひねると水が出るのと同じぐらい当たり前のこと。
母が、毎朝、毎晩お茶をわかし、あら熱をとり、冷茶ポットにわけて、冷蔵庫に入れる。そんな地味な、作業が行われていることは誰も思い至らない。
そのくせ、なにかの都合で、ポットのお茶が、あまり冷えてなかったりすると、たちまち苦情殺到。
夏の冷茶つくりは、主婦のもっとも報われない作業の一つではないだろうか。
ぶつぶつ言いながら、今日も汗をかきかき、お茶をわかす。
夏の子ども達は、本当に大量の汗をかく。
お昼寝中のアプコは、シャワーを浴びたように髪がぬれている。
外から帰ったアユコはいつも鼻の頭に玉の汗。
剣道の稽古を終えた男の子達の胴衣は、いつも絞れば水滴がおちるかと思うほど汗で、ずくずくだ。
それは、皆、子どもが暑さに負けず、夏を乗り切っているという事の証。
子供らの汗は、おとなのそれよりさらさらとあっけなく流れ、次から次へと水分を奪う。
毎日、大量に作る冷たいプーアル茶は、そんな子ども達の元気を支える貴重なPower Water。
心して、お茶をわかすのも、母の愛・・・。
デモね、やっぱり、この作業、ホント、めんどうなのよね。
まだまだ夏は、はじまったばかり。
この夏、子どもらは、どんな汗をかき、
私は、何回お茶を沸かすのだろう。
2002年7月14日(日)お父さんのお仕事は?
枚方近鉄での作品展も中盤戦。
子ども達を連れて、会場へ行く。
デパートの個展会場に4人の子ども達を連れていくのは、結構エネルギーのいることなのだけれど、窯の作品展や父の個展には、出来るだけ連れていくことにしている。
子ども達が小さいときには、何かと大変だったが、最近は、上の3人も何となく作品を見て、「あれが、好き。」
「これがきれい。」
くらいの感想はいえるようになってきた。
ことに、主人の風景を扱った作品や動植物を写した作品は、子ども達にもわかりやすいので、結構集中して見られる時間が長くなってきた。
アプコですら、
「これ、オトウチャン、つくったんねぇ」
くらいの感想はいえる。
アプコは、今では仕事場に出入りする時間がほかの兄弟達より格段に長いので、父親の仕事をする後ろ姿を一番よくしっているのだ。
近頃の子ども達は父親のしごとをする姿を見る機会が少ないとよく言われる。
その点、うちの子達は、四六時中と言うわけではないが、たたっと走っていけば、土にまみれたエプロン姿の父や、吹きつけ作業のために宇宙人のようなマスクをつけた父を目の当たりに来ることが出来る。
「お父さんのお仕事は?」
と聞かれたら、アプコでさえ、
「お茶碗作ってるの。」
と答えることができるだろう。
私自身は、サラリーマンの父を持ち、一度も父が会社で仕事をする姿を見たことがなかった。
会社での事は、家庭ではあまり話さない人だったので、幼い頃、
「お父さんのお仕事は?」
と聞かれてもなかなか説明できなかった。
父もまた、
「お父さんは、会社で、プールの掃除をしてる」
なんて、冗談ばかりで、自分の仕事の内容など子どもにめったに説明してくれなかった。
だから幼い頃の私は、「お豆腐やさん」とか、「お百姓さん」とか、よくわかるお仕事のお父さんがとってもうらやましかった時期がある。
そんな幼時体験からか、私は、漠然と「よくわかるお仕事」の人を、結婚する男性の条件の一つに思い浮かべていたきらいがある。
おかげさまで、とってもわかりやすいお仕事の人に嫁ぐことが出来て、現在に至る訳だが、このことは、子ども達を育てていく上でも大きな意味があったように思う。
「今日、気に入った作品は?」
いつも子ども達に質問するのはこの一つだけ。
今日のお気に入りは、
オニイ・・・お祖父ちゃんの黒茶碗
アユコ・・・お父さんのネコの香合
ゲン・・・お祖父ちゃんの苫屋の香合
そして、アプコ・・・壁面に掛けてあった、お父さんの大きな顔写真。
うんうん。
アプコは、オトウチャン大好きだもんね。
2002年7月13日(土)声なき声を聞け!
夏風邪をひいた。
きのうの夜から、徐々に声が出なくなってきた。
ううっ、今日は、夕方からアプコの幼稚園の夏祭り。
模擬店の手伝いもあたっているというのに・・・
声がでないのは、肉体的にというより、精神的にダメージが大きい。
この忙しいと言うのに、
「ちょっと、あれとって。」
「ここ、片づけて。」
と子ども達を呼ぶ声がことごとく無視されてしまう。
子ども達も悪気があって、聞かないわけではないのだが、気のせいか、どの子も私のささやき声が聞こえない距離にさりげなく移動しているようで、母のイライラはますますつのる。
つ、つらい。
常日頃、どれだけ子ども達に声だけで、指示を出し、呼びつけ、用事を頼んでいたかが、よく判る。
もう一つ、イライラを増幅したのは、アプコのおしゃべり。
「わっしょい、いつ行くの。」
「きもの、いつ着るの。」
「お父さんもいくの。」
「きもの、にあう?」
「おしっこ、いってもいい?」
お祭りで、興奮状態のアプコは何度も何度も同じ質問を繰り返し、一回一回、わたしの返事を求める。
幼いアプコの中では、私の上の空の相づちでも、いろんな期待や不安をはっきりさせていく手がかりなのだろう。
「うんうん」
「いいよ」
「ちょっとまってね」
そんな短いわたしの言葉が、アプコの小さな頭脳を渦巻く疑問をひとつずつ整理していく。
その、心地よさのためにアプコは何度も何度も容赦なく、わたしの答えを求める。
それが、声の出ないわたしのイライラを倍増させるのだが・・・・・
「お母さん、だいじょうぶ・・・?」
わたしのささやき声にあわせて、ちいさいこえで、ささやくゲン。
べつに、あんたは声だしてもいいのよ。
なんだか、みんな、わたしとしゃべるときには、ささやき声になるのがおかしい。
「大丈夫じゃない。」
素っ気ないわたし。
案の定、夏祭りを終えて、帰宅したわたしは、割れるような頭痛とのどの痛みで、バタンキューとなった。
急な仕事の電話で時間をとられたお父さんをよそに、子ども達は、カップ麺とコンビニ弁当のお夕食。
小さいアプコもオニイや、オネエにくっついて、お風呂に入り、寝床にはいった。
私が、完全にダウンしてしまうと、子供らはそれなりに自分の事は自分で、片づけられるようになった。
ホントは、私があんなに向きになって、きゃんきゃん指示を出さなくても、子ども達は十分やっていけるのだ。
私の声は、指示や叱責だけではなく、もっとこころに響く言葉を伝えるために、使うことができるのに・・・。
イライラする母からすこしづつ距離を置いて、避難していた、今日の子ども達。
それは、もしかしたら「避難」しているのではなく、私に声を出させないための彼らなりの心遣いだったかもしれない。
一眠りして、少し頭痛の収まった頭で、ちょこっと反省。
明日、声が出たら、一人一人に元気な「お早う」の声をかけよう。
わたしの声は、そんな風にも使うことができる。
2002年7月12日(金)1学期の子ども達
今日は、小学校の個人懇談。
例によって、3つの学年が15分おきにきっちりスケジュールを組んでくださっているので、3教室を忙しく走りまわる。
アユコ。
開口一番、「とっても助かっています。」との、先生のお言葉。
家庭でのちいママぶりを学校でも発揮。先生のお手伝いやら何やらにかいがいしく走りまわっているらしい。
いつも優等生のアユコ、本人も今はさほど苦にせずやっているようだけれど、嫌になっちゃったときに、上手に発散できるといいのだけれど・・・
ゲン。
「最近はなかなか気合い入って、がんばってますよー」との枕詞に安心しては、いけない。
「最近は良い」ということは、「以前はひどかった」という意味が含まれている。
勉強も遊びも、思いこんだらぐいぐい集中する反面、気が向かないと何もかもちゃらんぽらんなお天気男。
これをどの辺で矯め治していくかがそろそろ、課題になってくるか・・・・。
オニイ。
近頃、急に大人びて、謎が多くなってきたオニイ。
クラスでの人間関係も落ち着いて、ちょっとしたともだちの言動に傷ついたり、いらいらしたりする事が減り、対処方法を自分なりに身につけてきたようだ。
T先生とは、その他にちょこちょこっと内緒話をして、(このHPはオニイも読むので、詳しくは触れないが・・・・)本日の懇談終了。
どの先生も、大勢の子ども達と過ごす中でもよく一人一人の子どもを見てくださってるなぁ。
何せ、今年はうちの子達は皆、先生運◎。
家庭では、判らない子ども達の意外な長所や短所もよく見抜いてくださっている先生方には、脱帽。
どの子も学校の中で、いごこちのいい場所をきちんと持っているようで、ありがたい。
    ********
オニイの卵料理、反響。
調理実習の後。
大事にお弁当箱に入れて、たまごチャーハンをもちかえった、オニイ。
お仏壇の妹にも報告したあと、みんなに少しずつ試食させてくれた。
う〜ん、ちょっと塩こしょうが足りないかな。
でも、ぱらっと見た目もきれいだし、味も均一に良くまざっていて、上出来じゃないかな。
「なかなか、手つきがいいとほめられた」
オニイがさりげなくつけくわえた。
「うんうん、オニイはスパゲッティーやそば飯で、炒めるのはとくいだもんねぇ」
ここは、思いっきりほめておこう。
私が将来、
「実家に帰らせてもらいます」と、やったとき、子ども達だけで、食べられるメニューがまたひとつ増えた。
懇談で、聞いたところによると、オニイのチャーハンは、女の子たちに結構、好評だったようだ。
これまた、将来、
「お料理の出来る男の子って、素敵・・・」なんて、モテモテ君になれないだろうか。・・・
フ、フ、フ。
これをとらぬタヌキのなんとかと言う。
2002年7月10日(水)オニイのたまご料理
久々にオニイの話題。
オニイは6年生。
あした、家庭科の時間に卵料理に挑戦するという。
そういえば、私たちも小学校の家庭科でやりました。
「スクランブルエッグとほうれんそうのバターソテー」
でもオニイの卵料理の課題はちょっと変わっています。
卵2個をそれぞれ用意し、一個はゆで卵、一個は自分の好きな卵料理を一人ずつやってみる。
材料や調味料も自分で用意し、持ってくる方法も自分で考える。
「さて、なに作る?」
どうもオニイは、スクランブルエッグも卵焼きもハムエッグも作る気はないらしい。
「かに玉はどう?」
たまご一個で、かに玉はねぇ・・・
「たまご御飯は?」
生卵は、料理じゃない!
う〜ん、むずかしいね。
ところで、卵と言えば、うちではアユコが卵名人。
2年生のなつやすみの自由課題で、「卵名人になろう!」ということで、来る日も来る日も朝ご飯に卵焼きを作りつづけた。
みんなが、卵焼きに飽き飽きしてきた頃、アユコは、フライ返しを使わずにお箸だけで、きれいなふんわり卵焼きが作れるようになった。
「継続は力なり。」
「お母さん、たまごチャーハンにする!」
オニイが選んだのは、意外な一品でした。
それって卵料理?
夕食後、とりあえず、いっしょに材料をそろえ、下ごしらえを済ませる。
「で、作り方はしってるの?」
「う〜ん、たぶんね。」
ちょっと頼りないので、一人分ざっと作ってみせる。
「ほほう、うまそう!」
・・・もう!そうじゃなくて!
手順は、判ったんだかどうだか、晩ご飯を食べたばかりだというのに、出来上がったチャーハンを奪って、逃げ出していく。
結局、オニイは、自分では、一回も作らないまま、寝てしまった。
大丈夫かなぁ・・・
心配ではあるけれど、いざとなれば意外と出来ちゃうかも・・・。
う〜ん、こっそり見に行ってみたい気がします。
2002年7月9日(火)スイート・スイート・コーン
アプコと歩く朝の登園の道すがら。
道路に面した畑では、いろんな野菜が実っているのを発見できる。
キュウリ、トマト、カボチャにピーマン。
毎朝、足を止めては、
「なすび、みーっけ!」
「お豆、みーっけ!」
と飽きもせず、数え上げる。
I さんの畑は家庭菜園。
だからいろんな種類の作物をいっぺんに見ることが出来て、アプコにとっては、恰好の植物見本。
おむかいのNさんの畑は、一面のトウモロコシ畑。
時期をずらして、何回かに分けて植え付けられたトウモロコシは、梅雨にはいって、ぐーんと背が伸びて、白い花穂が、帆柱のように誇らしげに延びています。
「もうすぐ、おっきなトウモロコシができるねぇ。」
とアプコは楽しみにながめていました。
そうして、今日、畑の脇にNさんの軽トラックがとまっています。
一番なりのトウモロコシが収穫の時期がきたようです。
アプコをだっこして、軽トラの荷台のトウモロコシを見せてやりました。
「2,3本、持って帰ってー」
はたけの中から、声がして、Nさんが収穫したばかりのトウモロコシを3本、いきなり、ぐいっと差し出してくださいました。
「わーっ、いいんですかー」
ビックリしつつも、ホントはとってもうれしくて、ずっしり重いトウモロコシをしっかり抱きしめました。
「今年は、ようできたからね。置いておくと、すぐにカラスがくるからね。」
日焼けしたNさんが、にっとわらいました。
Nさんは、近くの農家のお百姓さん。
それも化学肥料などを使わず、自家製堆肥などを使って、元気な野菜をつくっておられると評判です。
寒い冬の間、いつも、うちの近くの山の斜面で、軽トラいっぱいの落ち葉を集めてきて、自分の畑につみあげて、堆肥をつくっておられるのをみんなよく知っています。
だから、けさ、頂いたトウモロコシも抱えているだけで甘〜いいい香り。
アプコも鼻をくんくんさせて、大喜び。
「今日は、焼き肉だー!」
焼き肉にはならなかったけど、皮付きのまま、蒸し上げたトウモロコシは、本当に甘い甘いスイートコーン。
うちの子達は、みんなコーンが大好き。
八百屋さんのコーン、
缶詰のコーン、
レトルトのコーン、
冷凍のコーン。
最近では、焼き上げたコーンを一粒ずつはずしてアルミパウチの袋に詰めた物まで、毎日のように、食卓に上るトウモロコシ。
でもNさんの畑で、丁寧に作られた取れたてのトウモロコシの甘さと歯ごたえは、ほかのどんなコーンにも負けないしっかりした自然の味でした。
本当のトウモロコシって、こんなものだったんだね。
子どもたちにも、普段食べているコーンと、Nさんのトウモロコシの決定的な味の違いがよくわかったのか、たちまち最後の一粒まで、大事にたべてしまいました。
毎日の「食」の中で、ついつい加工された野菜の味に慣れていくわたしたちの舌。
でも、幼いこどもらの舌に、「これがトウモロコシよ」と教える本来の味は、山の落ち葉とNさんの日に焼けた腕が育てた、輝くようなトウモロコシでありたいと、反省を込めて、思ったのでありました。
Nさん、ありがとうございました。
あなたのすばらしい作品、みんなで、おいしくいただきました。
2002年7月8日(月)わんわんのおそば
月曜日。
ちょっと蒸し暑いけれど、いいお天気の朝。
アプコと手をつないで、登園。
「昨日の七夕さん、たのしかったねぇ。」
きのう、わがやの兄弟は、近所のFさんが、おとしよりたちを集めてひらかれた、七夕に参加させてもらいました。
毎年、Fさんは、手作りの流しそうめんをしてくださり、こどもたちはそれをとっても楽しみにしていたのです。
「おそうめん、いっぱい食べたねぇ。おいしかった・・・?」
「うん、でもね・・・」
アプコがそっといいました。
「わんわんのおそばになっちゃったねぇ」
え?わんわんのおそば?
「オカアチャンがいったでしょ、わんわんのおそばになってきたって・・・」
わかりました。
流しそうめんに少し遅れてきたアプコとアユコのために二人分だけ、おそうめんを流していただきました。
でもふたりだけなので、食べるのが追いつかず、おそうめんをストップしてもらおうと思って、こういったのです。
「すみませ〜ん、とめてくださ〜い。
わんこそば状態になっちゃったので・・・」
あはははは、わんこそばって、わんわんのおそばじゃないのよ、アプコ。
おわんにおそばをいれてね・・・
どんなに説明してもアプコの頭のなかには、?マークがふえていくばかり。
もういいよ。そのうち、わかる。
おわんのおそばをむしゃむしゃ食べてる犬を思い浮かべているアプコ。
思いだしても、もう一回笑える。
これは、絶対HPネタだ〜。
2002年7月7日(日)緊急事態、勃発!
昨晩のこと、大変な事が起こりました!
夕食後、TVを見たり、お風呂に入ったり、家族がのんびりしていたときの事でした。
PCに向かっていた私の背中をアプコがつつきました。
「お鼻に、ビーズ、入ってるの・・・」
「ええっ!!」
アプコがいつも、遊んでいる5mmくらいのプラスティックのビーズ、あれをどうしたことか自分の鼻の穴に入れてしまったようです。
懐中電灯を持って来てのぞいてみると、確かに黄色いのが見えています。
でも、どうしたってとれそうにない奥の方。泣き叫ぶアプコを押さえつけ、ピンセットやら耳掻きやら、果ては掃除機まで持ってきて、何とかとろうとしてみましたが、とても無理。
ああ。なんということ!
実は、こんな時はどうすればいいかはよくわかっています。
「家で、取ろうとしてはいけない。
とにかくすぐに、耳鼻科へ直行。」
育児書には、たいてい、こう書いてあります。その通りなのです。
でも、土曜日のよるの9時近く。
消防署で聞いても、耳鼻科の夜間診療は、近くにはなく、小児科でも対応できない。
げげっ!どうする?
あちこち、問い合わせてみましたが、様子を見ながら、翌朝まで待つしかなさそうです。
そのうち泣き疲れたアプコは、鼻をぐーぐーならしながら寝てしまいました。
「おかあさん、アプコ、大丈夫かなぁ・・・」
兄弟のなかで、一番アプコを心配していたのは、オニイでした。
「病院、あいてないの?どうするの?」
オニイが、妹の一大事を心配するのには、訳がありました。
じつは、彼自身、過去に鼻に変なものを入れちゃった前科があるのです。
しかも一度では、ありません。
鼻に石ころが2回、他に、耳の中からさくらんぼの種がでてきたこともありました。
どれも、あわてて病院へ駆け込み、大騒ぎをしてとってもらいました。
証拠の石ころと、さくらんぼの種は、いまでもかれのアルバムのトップにはりつけて、保存してあります。
「なんか、アプコは、オニイに似てるよね。
食べ物の好き嫌いもお馬鹿な失敗も・・・」
「う〜ん、似てほしくないところばかり似てる気がする・・・・」
心配そうにアプコの寝顔をのぞき込むオニイは、情けないような、ちょっとまんざらでもないような複雑な表情。
「明日、病院に行ったら、すぐにとれるよ。大丈夫。」
今朝、お父さんとアユコが、アプコを連れて枚方の耳鼻科へ・・・(最近は、日曜日にも平常診療を行っている病院もあるのですね)
さすがにプロ、ちょこっと麻酔を掛けて、うまく取ってくださいました。
その上、「子どもの事だから、ひとつだけと言わず、もう一個入れてるかも・・・」
と、ファイバースコープで、奥の方まで確認してくださったようです。
「アプコ、すっごい声で、ないてたよ。」
とは、付き添って行ったアユコの証言。
まことにまことにお騒がせいたしました。
治療費、しめて、¥4000−
上の3人が大きくなって、こういうお馬鹿なビックリは、もう卒業かと思っていたら、
この大騒ぎ。
ホントに不意打ちを食らったようなものでした。
おみやげのシュークリームをぶら下げて帰ってきたアプコは、もうすっかりご機嫌。
お父さんと二人どーっと疲れた珍事でございました。
で、アプコの鼻から飛び出した黄色いビーズ。
お父さんは、しっかりガーゼに包んでもらって帰ってくれました。
当然、証拠物件」、永久保存です。
2002年7月5日(金)赤ちゃんおちてる
登園の道端で、アプコがまたまた大発見。
「オカアチャン!赤ちゃん落ちてる。」
捨て子?
いえいえ、違いました。
アプコが見つけたのは、未熟なまま、枝から落ちた青い柿の実。
この前、「ほら、柿の実の赤ちゃんよ。」と教えたのを覚えていたらしい。
「オカアチャン、どの木から落ちてきたのかなぁ。」
アプコが、まぶしそうに柿の木を見上げる。
「赤ちゃん、おうちへ帰りたいって言ってるよ。オカアチャン、待ってるからね。」
「う〜ん、どの木かなぁ。」
私も柿の木を見上げる。まぶしい夏の空。
「おかあさん、おうちで待ってるの?」と聞くと、
「ウン、待ってるよ。オカアチャンは、おうちで待ってる。」
自信たっぷりのアプコ。
なんだか、小さいアプコがとってもいとおしくなりました。
オカアチャンが、いつも自分をおうちで待ってると信じて疑わないアプコ。
専業主婦でよかったなぁと、ちょっとキュンとなりました。
わたしの手の中の小さいアプコの手。
その心地よい丸さ、柔らかさ、暖かさ。
こうして幼い子と手をつなぎ、青空を仰ぐ日は、あと何年、続くでしょうか。
いつの間にか大きくなって、ころころと親の手の中から転がり出ていく子ども達。
そんな子ども達の冒険を、柿の木のように平然と穏やかに見守ることができるかしらん。
改めて、アプコの手をぎゅっと握りなおして、園バスへの道をいそぎました。
2002年7月4日(木)おばあちゃんの虫取り
ゲンの虫取りが忙しい季節になってきた。
捕中網片手にふらふらっとでかけていく。
目をつけておいた木に蜜を塗りに行ったり、新しいポイントを探しに藪へ入ったり・・・・。
体長2cmくらいのコクワガタが目下の獲物らしいが、今日の夕方、珍しくおばあちゃんが、ゲンちゃんにと見つけた虫を持ってきてくれた。
みると5cmくらいのノコギリクワガタ。
「わー、どこにいたん?」
とゲンは、大喜び。
今年始めての大物だ。
おばあちゃんの持ってくる虫は、いわくつきだ。
以前に庭で変わった虫をみつけたと大事に持ってきてくれたのだが、開けてみると、よりによって臭〜いカメムシだったこともある。
珍しい虫は、ゲンに見せてやろうと気を付けてくれてはいるのだが、あれにはちょっと参った。
でも、きょうの獲物は、前回のカメムシの失敗を補ってあまりある大物だったようだ。
2002年7月3日(水)笹の葉、さらさら
七夕が近い。
今日、アプコが幼稚園バスからおりてくるとき、園から一人ずつに笹をいただいた。
そしてアプコが園で、こしらえた笹飾り。
さっそく、飾り付けて、玄関に飾った。
先生の文字で、書かれた、アプコのお願い事。
「大きくなったら、セーラームーンになりたい。」
セーラームーン?
ちょっと、古い、キャラクターだねぇ・・・
わたしたちの住む交野市は、「星のまち」と唱っているらしい。
昔から、付近には、七夕や星に関する地名や、名所旧跡が点在している。
天野が原、、星田、織物神社、逢いあい橋、牽牛石など・・・・
七夕に関する、イベントや研究も近年盛んになっており、TVなどで紹介されることも多くなった。
市内にある織物神社では、この時期、近隣の人たちが持ち寄った何百本もの笹飾りが奉納され、色とりどりの中でお祭りが行われる。
我が家もほぼ毎年、出かけて行くが、その圧倒的な色彩のトンネルは、見事なもので、大人でもしばしぼーっと見入ってしまう迫力がある。
そして、我が家が参加するもう一つの七夕祭り。
それは、近所のFさんが、ボランティアで近所のお年寄り達を集めて行われる「憩いの家」の七夕祭り。
毎日の通園通学の道筋にあるので、我が家の子ども達は、普段からしょっちゅう寄り道しては、お年寄り達のおやつを分けて頂いたり、一休みしたりさせていただいているようだ。
近くには、子どもの居るうちが少ないので、
お年寄り達もうちの子らの寄り道を暖かく迎えてくださっているようで、ありがたい。
アプコなどは、私のお腹に居るときからおなじみさんなので、幼稚園の送り迎えのときなどには、
「あら、もう幼稚園にいってるのねぇ、ちょっと前まで、ねんねのあかちゃんだったのに」
と声をかけてくださる。
七夕には、大きな笹に、盛大な笹飾りを飾られるので、我が家の子ども達も折り紙で、飾りをつくっては、憩いの家へ持っていく。
当日には、みんなで、近くの竹を切って、流しそうめんをなさるが、子ども達には、これがお楽しみ。
ちゃっかりお相伴してかえってくる。
去年アプコは、ベビーカーで参加させてもらったが、
「みんなで、おそば食べたねぇ」
と何となく記憶に残っているらしい。
今年は自分でも折り紙飾りを作って、絶対参加のつもりのようだ。
たなばたのお祭りが何となく暖かく、ほのかな優しさを感じさせるのは、なぜだろう。
笹飾りの鮮やかな色彩のせい?
織り姫と彦星のロマンスのせい?
それとも未来の夢や幸せを、星に願う素直なファンタジーのおかげでしょうか?
短冊に願いを記す子ども達の廻りには、それをほほえんで見守ってくれるあたたかな大人がたくさんいてくださるようです。