きっこうさん


「吉向さんって、縁起のいい名前ですね。」

初対面の方とお話しすると、よく名字の話題になります。

「よしむきさん?よしこうさん?」

最初から「きっこうさん」と読んで下さる方も少ないようです。

私自身、新婚当初は銀行や病院で、「よしむきさ〜ん」と呼ばれ、自分の事とは思えず、お応えできない事もしばしばありました。

読みにくい代わりに一旦覚えて下さると、印象に残り易いようで、子ども達も学校で、本名そのものがニックネームになってしまったりもするようです。

私たちの名字「吉向」は、実は「戸田」姓を名乗っていた初代さんが11代将軍、家斉公から頂いた窯号。

お祝いにあたって献上した鶴と亀の食籠が非常に喜ばれ、その亀の甲にちなんで「吉に向かう」という縁起のいい窯号と金印、銀印を賜ったのだそうです。

当時、大阪の十三(じゅうそう)に窯を構えていたため、「吉向十三軒松月」と名乗ることになりました。(現在は吉向十三軒と吉向松月、2派に分かれています。)

今でも、吉向焼独自の鮮やかな緑の釉薬を使った亀の食籠は、穏やかに羽を休める鶴の食籠とともにあちこちの展示会で必ず出品する看板の様な作品の一つになっています。

関東の方には、もう一軒、吉向と書いて「よしむこう」さんと読まれるおうちがあります。

吉向の初代さんは方々の大名のお庭焼きのお手つだいをしておりました。

その関係で、各地から大名が集まっていた江戸でも窯を開きました。

これが「江戸吉向」と呼ばれた窯で、後に養子に入った「一朗」と言う人がこちらの2代目を継ぎました。

「江戸吉向」は幕末から明治維新にかけて、窯を廃業し、「よしむこう」という読みに改めたのだと言うことです。

「吉向」という名前は、その漢字のめでたさと共に、発音の面白さも特徴です。

「きっこうさん、これはまさに、『結構』ですなぁ。」

なんて、洒落のタネにして下さる方もよくいらっしゃって、会話を盛り上げてくれる名前です。

そういえば、先代さん(6世松月)は、お茶のお手前の時、独特のちょっと変わったお作法でお手前をつとめたそうです。

「お流儀は、何流ですか。」

お客様に尋ねられた先代さん、

「これは私のオモテ(表、思て)ル流、けっこう流でございます。」と答えたそうです。

「鶴は千年、亀は万年」の吉にあやかるめでたさと、「結構、結構」というおおらかな洒落心。

私は「吉向さん」という名前がとても気に入っています。

そして、私の子ども達や孫達が、緑鮮やかな亀の食籠と共に、自分の名前をいつまでも大事に思ってくれるといいなぁと常々思っているのです。